2012年2月21日火曜日

公演が終わって

―というわけで、朗読劇“まおゆう魔王勇者エピソード0 はじまりに至る物語”が終了しました。
スタッフのみなさま、キャストのみなさま、そしてご来場くださったみなさま、ありがとうございました。
当日の様子は、以下にまとめました。
http://togetter.com/li/260824
もうね、個人的な宝物としてのまとめです。
(でも編集可能だから、追加とかデコレーションとか、適当にどうぞ)

丸一日がたったので、ゆるゆると書いておこうかな、とおもって久しぶりblogです。締め切りやばくてこんなの書いてると怒られちゃうのですが、少しだけお目こぼしをお願いしつつ。



本当に恵まれた公演でした。全方面的に感謝しかないです。

そもそも、今回の朗読劇が非常に難しいものだということは、口には出さないまでも、スタッフ全員が解っていました。
時期尚早だという気持ちも(というか、橙乃なんてデビューしたばっかだし)あったと思いますし、商業的に見ても、こんなに多くの声優さんに舞台に上がってもらえば厳しくなるのは火を見るよりも明らかでした(声優さんたくさんに出演をお願いすれば予算がかかりますが、チケットの金額は二倍になったりはしません)。また、日程的に、他のイベントと重なり合ってしまいそのせいで厳しくなった側面もありました。
そういった台所的な部分は抜きにしたところで、そもそも『朗読劇』って、もうそれだけで難しいのです。現在この種の演目は、たとえばアニメのイベントや声優さんのイベントなどで、フリートークの間のワンコーナーとして行われることこそ多いですが、『朗読劇』を主役にそれだけをみっちりというのは、珍しいものなのです。
黙読に慣れた僕たち現代人は、耳よりも、目で情報を摂取することが日常です。つまり「聞く」より「読む」ほうが「意味をとらえる」という事においては一般的だし、理解しやすいのです。意味情報が複雑な会話を長時間気聞くのは、何気なく僕らが予想しているよりも、精神力も体力も消費する行動だといえます。
『朗読劇』はそれだけ「難しい」ものなのです。ましてや、この『朗読劇』で始めて「まおゆう」に触れてくれる方もたくさんいるだろうということは予想がついていました。背景情報がなければ、意味予測の関係から内容の把握が難しくなるのは簡単に予測できます。そういう意味では、向かい風の非常に強い、無謀なイベントだったと思っていましたし、その点はいまでもその通りだと考えています。

もちろん、自分も含めて「これは美味しいものなんだ。全力で作るんだ。そして全力でみんなの元へ届けるんだ!」ということについて手抜きはしませんでしたし、それはスタッフの方もそうでした。その点は保証できます。
しかし、ある声優さんが打ち上げで聞かせてくれた言葉に「聞こうとしてきてくれたお客さんにしか、伝わらない」というものがあり、まさにその通り、『朗読劇』は「楽しもうと思ってきてくれた皆さんしか、楽しめない」種類の公演だとあると思うのです。これは『朗読劇』に限らず、ひろく舞台劇全般に言えるかも知れません。

ですがまさにその声優さんを筆頭に、舞台の上で、本当に素晴らしい演技を見せてもらえました。リハーサルをみてたのに、橙乃も泣いちゃったくらいです(涙もろいのが田沢先生にはすっかりばれていじられたりもしてるのです)。ドラマCDも格別の出来でしたけれど、舞台の上で、いま目の前で、とどめようもない勢いで繰り広げられるソレというのは、もう別次元のものです。上手いとか可愛い格好いいを超えて、“すさまじい”ものを見せてもらってしまいました。

そして一番うれしかったのは、帰途につくみなさんが、良い笑顔だったことです。
上で書いたように、『朗読劇』を楽しむのって難しいのです。
そもそもしゃべっているのは誰なのか? たとえば、舞台の上にいるのは福山さんですけれど、しゃべっているのは勇者で、でもスクリーンに映ってるのは福山さんで、その福山さんは堀川さんと並んでいるものの、幼い勇者が老賢者を看取っていたりするのです。そのギャップを脳内で埋めながら、いま目の前で流れているモノに飛び込むって、実はなかなかに技術を要することのはずなのです。
“見て”、“聞いて”、“解る”だけでもハードルが高いこの舞台を、あんなに大勢の人が「楽しかった」といってくれたことが、とてもとてもうれしい。美味しいと思いつつも、ソレを信じながらも、他人にお薦めするのがはじめてで、虚勢混じりで差し出したごちそうを、美味しかったよと食べてもらえて本当にうれしかったのです。
「楽しもうと思ってきてくれた皆さんしか、楽しめない」という言葉の光の側面をまさにしめしてもらった。「今日は楽しいことが起きるぞ」と期待してきてくれた。「舞台の上のモノを余さず見てやるんだ」と飛び込んできてくれた。「難しい」なんて少しも臆病にならないでいてくれた。「解らないかも知れない」なんて思わないでくれた。それが一番うれしかったです。


いろんな不安や難しさを抱えながら難題をかかえながらもそれらをおくびにも出さずに企画を進めてくださったエンターブレインのみなさまに、広報、制作、物販といった後方支援をしてくださった各社のみなさまに、当日あの難しい、効果音も照明も細かくてたくさんある舞台を作り上げてくださったスタッフのみなさまに感謝します。
橙乃のわがままではち切れんばかりの、言いたい台詞を言いたいだけ書き散らかしたようなプロットを、脚本の形に昇華してくださった田沢先生にも感謝を。
そしてその難しい脚本と、そこにこめてあった届けたいモノを、渋谷公会堂の高い天井いっぱいを埋め尽くすようなスケールで、圧倒的に皆さんに魂に届けてくださったキャストの皆さんに感謝します。

朗読劇“まおゆう魔王勇者エピソード0 はじまりに至る物語”を見てくださった皆さんに感謝を。
いろんな感情がさざ波のように押し寄せてきてふわふわした気分になったり、帰りの坂道がちっとも苦にならなかったり、身体の細胞が新しく変わったように感じたり、誰かになにかしゃべりたくてうずうずしたり、それとも友達と感想戦を言い合った帰り道分かれるのが名残惜しかったり、もし、そうなってくれたら本当に本当にうれしいです。

魔王の手を取った勇者、勇者に触れることが出来た魔王と、それは等価な感動だと思います。